さて、あっという間に新年を迎えてしまった。
どうも何とも後味の悪いまま、というか、何がなにやらわからないまま迎えた新年。
(ただでさえ年末は忙しいというのに…ホント勘弁してほしかった)
だから年明けてひいた風邪が、実は未だに治っていない。(もう一度病院行こうかな…)
…中には、とてもすがすがしい年明けだった、という方もいらっしゃるようだが。
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ここしばらく考えたことを書き殴ってみます。
だいたひかるの「冗談を言います。聞いてください」のノリでお願いします。
(そういや彼女最近あまり見ませんね…)
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同じ病気にかかったときに
・全く同じ診察をし
・全く同じ検査をし
・全く同じ薬を出せば
確かに同じ診療報酬になろう。(薬はもしかしたら違うかも)
しかし、この中でどれか一つでも変われば同じにはならない。
一つ検査を増やせば、検査料が増える。
…誰か身体張って、「同じ病気を複数の病院で(同日に)看てもらう」って企画、やりません?
あ、同日にってのは、同じ条件で看てもらうためなんですけどね。
(きっと健康保険組合から怒られるだろうなぁ)
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自分が攻撃されることがないとわかっている人間は、堂々と自分の名前や住所を公開しても問題ないかもしれない。
しかし、立場が弱く、いつ攻撃(どんな形であれ)されるかわからない人間が同じことをすればどうなるか。
それが想像できない(意図的にしてないかもしれんが)人が
「自分は個人情報を公開しているんだから、あなたも個人情報を公開しなさい」というのは、そりゃフェアじゃないってもんでしょ。
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車が増えて飽和するから道路を増やす、と言う発想ではなく、
車を使わなくても生活できる環境を作って車を減らす、と言う発想。
エコにもなるし、余計な道路を造る必要も無し。
なぜそう言った発想にならないのかが不思議。
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新年の時だけ改まった気持ちではダメで、
日々、日が暮れたら大晦日、夜が明けたら元日と思うこと。
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子どもは親の背中を見て育つ、という。
親だけではない。子どもは世の大人達をよく見ている。
まっすぐな子どもを育てるためには、まず大人が手本を見せること。
子どもに嘘をつくな、と言う前に、大人が嘘をつかないことが大事。
陰ひなたのある人間になるな、と言う前に、自分が陰ひなたのある行動を取らないことが大事。
子どもは何も言わなくても、案外じっと見ているものだ。
成長した子どもたちの言動を見聞きして、あなたはどう感じますか?
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順番が逆なんですよ。
専門的な人を入れた話し合いをして、方向性をつけてから最終的に議決するんですよ。
先に議決して、それから専門家を入れた話し合いって、今更何をするつもりなんだか。
…先に議決したことの言い訳作りとしか思えない。
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「年金をやるから取りに来い」
「補助金をやるから取りに来い」
「説明会をやってほしければ申しこめ」
結局お役所仕事なんてそんなもの、と思われるわけですよ。
役所側に都合の悪いことは自ら動こうとしないように見える。
そういや税金は積極的に取りに動きますな。
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地元のことを考えなければならないのは当たり前。
さらに一歩進んで、周辺地域のことも併せて考えるのが広い視野であり、人間的な考え方。
自分たちだけ良ければそれで良い、というのはエゴでしょう。
でもあまり範囲を広げすぎるのは無駄な話。別のところからの方が近いかもしれないし。
基本、県をまたいでもしょうがないでしょ。隣接区域は別として。
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住民投票で物事の是非を問うのであれば、その結果によってはっきり民意はわかる。
しかし選挙となれば、その争点はもちろんだが、最終的には人物や経歴、実績などすべてを考慮した上で、ふさわしい人物についての選定をする必要がある。
すなわち、1票を入れる裏側には、争点以外の様々な思いも詰まっている。
ところがどういうわけか、小泉の郵政民営化と同じで、勝利した方はその争点についての民意が得られた、と曲げて取ってしまう。勝てば官軍とはよく言ったものだ。
…得票が多かったからと言って、勘違いしちゃいかん。
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都合の良い情報だけ公開して「はい公開しましたよ」というのはフェアじゃない。
さらにそれを根拠に、相手に対して「情報を出しなさい」というのはもっとフェアじゃない。
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…とりあえず今日はこれくらいにしといたらぁ(池野めだか風に)。
(そういえば最近吉本新喜劇見てないなぁ)